恥の上塗り

恥の恥

ストーリー・オブ・ザ・イヤー 2020

去年始めてしまったのでせめて3年くらいは続けておくか……という気持ちが働いたので2020年のストーリー・オブ・ザ・イヤーを書くことにする。

・年間でもっとも良かった作品を10本挙げ、記録として残しておく
・ランキング形式ではない
・その年の作品という縛りではなく過去の作品で今年見たものでもOK

ルールは上記の通り。
全てが面倒になり作品の重大なネタバレについても一切隠匿をしていないので体験済みのコンテンツのみ読んでいただけると幸いだ。

 

スマガ

前評判に違わぬシナリオの長さと、その時間をすべて最高の体験であったと思わせてくれた最高の結末が描かれた最高のビジュアルノベルゲーム(18禁)だった。

 

スマガに関して自分自身の読み方を言うなればメタ・フィクションとしての面白さの比重が一番大きかったな、と思う。

スマガは最近流行っている(ような気がする)書き手と読み手間で作用するいわゆるパラ・フィクションや虚構世界の登場人物自身がフィクションであると自覚的な昔ながらのメタ・フィクションではなく、作者が生み出した世界に対して登場人物達が無自覚に反逆を試みる物語だ。こう書くと未プレイの人にとってはごく普通の創作物のフォーマットのように思うかもしれないが、実際のところは少し違う。

ここ数年、人間が物語を作り、勝手な都合で生み出したキャラクタ達に艱難辛苦の道を歩ませるという傲慢さに対してモヤモヤした気持ちをずっと感じていたのだけれど、スマガはそのアンサー、というよりもカウンターの作品であると思う。作者が物語を紡ぐように、物語の中に生み出された登場人物だって物語を紡ぐことができ、それを私達読み手が読むことだってできる。そういう作品だった。

物語としての技巧的な面で言うと、メインヒロイン3人のルートそれぞれが『原器』である彼女たちの嗜好や性格が反映されたバラバラなものであったのがかなり面白くて、最初にプレイすることになるスピカルートの言うなればクサい、王道少女漫画のようなシナリオから一転、陰鬱なメロドラマのように進んでいくガーネットルート、ひとまずの大団円を迎えることになるミラルートの、ミラ自身が世界は救われる、ないしは自分が救うべき物語であると認識しているからこそ描かれたある種荒唐無稽と思うほどのハッピーエンドという振れ幅が作品を表していて1本のゲームなのにそう感じさせないほどに新鮮でよかった。

スピカ、ガーネット、ミラの3人の『主人公』の主観によって作られる世界はもちろん、『主人公』でないのに世界に立ち向かおうとした沖姫々が一番好き。

『Star Mine Girl』にてアリデッドと共に空から見下ろす街の夜景が『魔女が守ることのできる世界』を描いているのに対して、『Saraba Mitsu Getsu』にて沖と共にヘリの機体の中から見下ろす戦火に曝され燃える街並は『魔女以外には守ることのできない世界』を描いていると思っている。考えすぎかもしれない。

続編であるスマガスペシャルは未プレイだが、スマガ自体が完璧な幕引きだったのでわざわざプレイしなくてもいいかな、と思っているがどうなんだろうか。

 

向日葵の教会と長い夏休み

これもビジュアルノベルゲーム(18禁)。

2020年はこのひまなつ(略称)から始まり、たくさんのパーソナル・コンピュータ・エッチ・ビジュアル・ノベル・ゲームをプレイした。

正直なところこの作品に関してはスマガのように全編通して素晴らしいとは感じておらず、思うところも少しあるのだけれど、それを差し引いてもメインヒロインの一人である夏咲詠のルートが素晴らしかった。

 

詠ルートは一言で言ってしまうと、人ではない存在が人へと成り、自らの生の意義について悩み苦しみ抜いた結果答えを見つける物語だ。その答えは作中で、存在意義は自ら獲得するものでも他人から決められるものではなく、人と人の普遍的な関係の中で気づかないうちに獲得していくものだという結論になる。

この一本柱になっているメインのテーマの描き方ももちろん大好きなのだけれど、個人的にはそのテーマとすこしだけ視座が違う、詠ルートで描かれる寝子麗である代理の詠、言ってしまえば紛い物の詠の感情は本物なのかどうか?という問題だ。その問に対して劇中での答えは、たとえ紛い物であったとしても、その体験は紛い物である詠自身にしかできないのだからその気持ちは本物である、といったものだ。答えとしてはかなり正答ではあったが、そこに至るまでの描き方、演出が本当に美しい。これは詠ルートだけでなく、もう一人のヒロインである雛桜ルートでも描かれる答えなので、作品全体に通底しているテーマなのだろう。

余談だが、上で書いた思うところとは詠ルートの結末と他ヒロインルートの結末の可能性が同一次元に存在できないという点なのだが、それでも雛桜ルートの結婚式での「生まれてきてよかった」というセリフは上で書いたテーマも含めてすべてを象徴しているものなので、本当に最高。

 

素晴らしき日々~不連続存在~

これも言わずと知れたビジュアルノベルゲーム(18禁)。 パーソナル・コンピュータ・ドスケベ・ビジュアル・ノベル・ゲームばかりプレイしていたことが如実に表れていて本当に恥ずかしい。

この作品に関しては何もわからん……というか、分かった気になって感動しているだけな気がするので特に何も書かないことにする。少なくとも終ノ空とRemakeをプレイしてからにしたい。語りえぬことには沈黙せねばならないので……

一つだけ書くのであれば、かなり衒学的な作品ではあったが、劇中で多く引用されるウィトゲンシュタインを読んでもここまで感動することは無かったと思うので、そういう意味ではプレイした意味はあったと思う。*1あと、これからの人生を生きていく上での希望のようなものを作品からもらえたので自分の中でだいぶ人生に影響を与えてくれたゲームになってしまった。

水上由岐と橘希実香のことが本当に大好き。

 

うらら迷路帖 

 原作漫画を今更ながら読んだが本当にいい作品だった。

元々アニメは見ていたのだけれど、アニメで描かれていた九番占の試験の後の展開が文字通り怒涛。

 

この作品の大きな構成要素となる占いとは、極論を言うと未来を確定するための儀式であるが、その確定した未来に意味はあるのだろうか?

上ではそう書いたが実際のところ、この作品の占いはそこまで万能ではない。占いによって運命すべてが確定するほどの揺るぎないものではなく、あくまでも兆しや指標になる程度のものだ。だからこそ、その先の未来をより良いものにできるかどうかは自らの意志にかかっていて、その意志こそが大事なのだ、というジョジョ五部のローリング・ストーンズの下りで描かれた運命論に近い作品なのだと思う。その意志の描き方が本当に美しくて、最終巻を職場の休憩室で読んでしまった結果トイレで慟哭するはめになってしまったほどに感動した。

 

ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド

“『ゼルダ』のアタリマエを見直す”がコンセプトのこのゲーム。過去作は一本もプレイしたことが無かったためそのアタリマエは知らなかったが本当にいいゲームだった。

amazonでのこのレビューがこの作品を表していて本当に好きで何度も読み返している。

ゲームとしても最高なのだがストーリーがこれまた最高で、連綿と続く人間の営みと、そこに存在し続ける愛と祈りを描いた人間賛歌というより人類賛歌だった。

 
オープンワールドの美しいグラフィックで描かれるハイラルの地はいつゲームを起動しても絶望的な光景が広がっている。魔物は跋扈し人類は追い立てられ、居住地域は全体の2割程度といった状態だろう。ただ、そんな世界であっても毎日毎日朝が来て、日が昇り、時が経ちやがて夜になる。雨が降る日もあれば雷鳴が鳴り響く日もあるだろう。そんな状況であっても生きる意志のある人類は絶望の中であっても生きていくし、また、生きなくてはならない。BotWはそんな生きている者達の『意志』と、斃れていった者達の『遺志』を描いた作品だ。

 また素晴らしい点として、この作品には明確な悪役がおらず、ラスボスも憎悪と怨念の権化という概念的な存在であるのが素晴らしい。BotWは誰かを憎む物語ではなく、厄災、言い換えれば困難に立ち向かっていく人類の素晴らしさを描いた作品であることを表している。

あと、ウツシエを全部回収した後のEDのムービーが本当に最高……あのシーンのためにゲームをプレイしていたと言っても過言ではない。ゼルダ姫のことが本当に大好き。

 

アクタージュ

 色々なことがありこの作品について語ることが半ばタブーになってしまった節はあるが、読んだときの感動は嘘では無かったし、今でも大好きな作品。

残念ながら未完ではあるが、自分としては夜凪景の作品としてではなく百城千世子の物語だと解釈すれば12巻時点で完結していると考えている。やっぱり12巻の百城千世子と夜凪景の会話が本当に大好き。

 

アクタージュは役者をテーマにした物語であり、役者とはカーテンコールまで架空の人生を演じる存在であるが、アクタージュに登場するキャラクタ達の人生は物語ではない。カーテンコールは自らの生を終えるまで続くし、物語であれば終わってしまうような最高の瞬間が訪れたとしてもそこで終わらずにどこまでも人生は続いていく。だからこそ辛く、美しいということを自覚した百城千世子のこれからの人生を追いかけることはできなくなってしまったことが残念だが、それでも信じることができるような兆しを12巻で描いてくれたことを本当に感謝しているし、恐らくずっと好きな作品であり続けると思う。

 

ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会 第6話 『笑顔のカタチ(〃>▿<〃)』

 

 ラブライブ!シリーズは初代の2期を途中で見るのをやめてしまったのだが、第3作目である虹ヶ咲。

 『あなた』と『わたし』の物語を丁寧に丹念に描いている全話通しての完成度の高さももちろん凄いのだが、今まで見てきたアニメの単話の中でも5本の指に入るほど感動した回があるので、単話としての凄さを評価させていただきたい。

 

自分が1番好きな回は天王寺璃奈のメイン回である6話「笑顔のカタチ(〃>▿<〃)」だ。これは内に秘めた感情を表情として表に出すことができない璃奈の苦悩を描くといった回だが、この話の凄いところはその苦悩に対して表情を作れるようになろう、と対症療法で対処するのではなく、表情が作れないのは個性である、と肯定するところにある。

通常アイドルというものは自らの容姿や愛嬌であったり優れているところをアピールポイントとして活動を行っていくのが普通だと思うが、この作品では璃奈の無表情という欠点をアピールポイントにしてしまう。自身で表情が作れないのであれば表情を作り出す電光掲示板のようなガジェット、通称璃奈ちゃんボードを装着し感情をアウトソースしてしまえばいい。そうすることによって自身の表情は見えなくなってしまうが、内に秘めた感情は変わることはないのだからなにも問題はない。顔が見えないアイドルというのは一般的ではないが、それは璃奈の個性だ。

話中にて披露されたライブシーン、盛り上がりが最高潮になった瞬間、ボードの下で天王寺璃奈は微笑む。その瞬間、ファンが見ているボードの表情もきっと同じなのだろう。歌った曲は『ツナガルコネクト』。歌詞で璃奈の感情すべてが表現されている。

 

ガウスガタ チガウカタチ なのにどうして
オナジキモチ!!(⸝⸝>▿<⸝⸝)

ツナガルコネクト - 天王寺璃奈(田中ちえ美 

 本当に、本当に凄すぎる。

 

ATRI -My Dear Moments-

ビジュアルノベルゲーム(全年齢)。

正直なところこの作品に関しては正しい読み方をしていないような気もするが、自分なりの解釈を通してとても感動できた作品なので選出した。

 

人生レベルに影響を受けた愛読書の一つに長谷敏司BEATLESSがあるのだけれど、そこで描かれたアナログハックという概念を信奉しているのでおそらくボーイ・ミーツ・ガールモノとして作られたこの作品を自分は完全に被造物SFとして読んだ。

BEATLESS

BEATLESS

  • 作者:長谷 敏司
  • 発売日: 2012/10/11
  • メディア: 単行本
 

 アナログハックとは、「人間のかたちをしたもの」に人間がさまざまな感情を持ってしまう性質を利用して、人間の意識に直接ハッキング(解析・改変)を仕掛けることです。

そもそも人の形をしたロボットに感情が芽生えるという展開を看過できない、という悪癖が自分にはあるが、それを踏まえてこの作品の欠点というつもりは一切ない。たとえアトリに心が無かったとしても、その振る舞いに夏生が救われ未来へと進む決意の元になっているのであればそれでいいからだ。ロボットを差別しているのではなくそもそも自分は人間に心があるということすらも信じていないので、心とかいう耳障りの良い言葉で括れないような尊い交流であった、という事実に感動したのだと思う。

 

オレンジ・イズ・ニュー・ブラック 女子刑務所での13ヵ月

 実話を基にしたノンフィクション作品。Netflixでドラマ化もしているらしい。

果たしてノンフィクションはストーリーなのかという気持ちもあるのだがそれはひとまず置いておいて、本当に面白い本だった。

タイトルから分かるように女子刑務所での生活を描いた本なのだが、とにかく文章が素晴らしい。まちカドまぞくの作者である伊藤いづも先生のインタビューに書かれていた日常系の定義の話が本当に好きなのだけど、この作品はその定義そのものだ。

「日常系」ってよく使われる言葉ですけど、それは何も事件が起こらない話という意味ではなく、どれだけ日常からかけ離れた世界であっても人である以上避けて通ることができない普遍的な日々の営み、それを通して変化していく心の機微や関係性に焦点を当てた作品を「日常系」と呼ぶのではないでしょうか。 

 どんな環境であったとしても日常は続いていき、同じ受刑者との間で変わっていく関係性が生命力に溢れた文体で描かれていく。

一番好きなエピソードの一つに主人公であるパイパーと同じ作業所で働いていたジョイスの出所が決まり、出所前パイパーに髪を染めることを頼むシーンだ。パイパーが刑務所に収監されてからずっと信頼関係を育んできた二人だが、ジョイスはさばさばした性格もあり二人のやり取りはどこかクールなもので、そういったお願いをするような性格ではない。実際に劇中でそのお願いにパイパーはショックを受けるのだが、それを受けたジョイスのセリフが本当に最高。

「あんたくらいしかまともにできそうもないだろ」と、彼女はぶっきらぼうで事務的に付け加えた。 

 あと個人的に好きなのが、女子刑務所の中では刑務所内限定のエス的な関係性が蔓延っている、という下りが女性同士の巨大な情緒が描かれる漫画のようで事実は小説より奇なりで良かった。ドラマも気になるのでいつか見たい。

 

異世界迷宮の最深部を目指そう

もともと小説家になろうにて連載されているいわゆるなろう小説。

https://ncode.syosetu.com/n0089bk/

読み始めたら信じられないくらいドハマリしてしまい、一時期寝食以外すべてこの作品に支配されてしまったくらい面白い小説。まだ未完かつ現在進行系で最終章が連載されている。

作品の命題はこれも正しく人間賛歌を超えた人類賛歌で、それぞれの登場人物の人生を肯定する物語だ。

この作品に関して書きたいことがめちゃくちゃあるが、どこから言語化すればいいのかわからない程に巨大な物語で考えているうちにもうどうすることもできなくなってしまったので諦めて特に好きな設定についてさらさらと書いておこう。

この作品はいわゆるなろう小説なので、なろう系の文法に則り剣と魔法のハイ・ファンタジー世界が舞台だ。そんな世界において呪文の詠唱という儀式は空気のように当たり前に存在するものだが、その呪文の詠唱が本当にカッコいい。

いぶそうの世界の呪文とは、自らの人生や想いを読み上げるのと同義で、その力が強ければ強いほどに強力な魔法が発動する。いわゆるボス格のような扱いの『理を盗む者』という役割を持ったキャラクタが何人か存在するのだが、そのキャラクタ達は戦いの中で斃れ、その死の間際や歩んできた人生に対して悔恨や怨嗟や心残りを抱えており、その想いはそのまま呪文としてポエトリィに表現される。正しい意味で厨二病的ではあるがそれがもう恐ろしく洗練されており、しかもハリボテではなく全てに意味があるので本当に格好いい。『世界』と書いて(わたし)とルビを振る作品をオタクは全員好きだと思うがいかがだろうか。

文庫本換算で20冊超えという尋常ではないほどに長い物語ではあるが、それが気にならない程に素晴らしい作品だと思うので気になった方はぜひ読んでほしい。とりあえず3章まで、可能なら6章、可能なら全て……

 

選外の作品

アニメだとSHOW BY ROCK!! ましゅまいれっしゅ!!は本当に良かった。放送前PVでのキャッチコピィである『これは誰にでも起こる とてもありふれた わたしたちだけの物語』が作品を完璧に表している。

あとはストライクウィッチーズ ROAD to BERLINは1期2期の陣地防御ではなくベルリン奪還という目的があるとこんなに違うのかと驚くほどに面白かった。502も好きだがやっぱり501が好きなんだな、自分は……

 漫画では2.5次元の誘惑が本当に良かった。物語に救われる人間を描いた素晴らしい物語。

あとは私の百合はお仕事です!も人間の感情を取り扱った物語として白眉。最終的には他人を通して本当の自分を愛することができる物語になるといいなあ。

私の百合はお仕事です!: 1 (百合姫コミックス)

私の百合はお仕事です!: 1 (百合姫コミックス)

  • 作者:未幡
  • 発売日: 2017/06/16
  • メディア: Kindle
 

 小説はあまり読めなかったが辻村深月ハケンアニメがめちゃくちゃ良かった。物語に真摯に向き合う人間を作り手と読み手両方から描いてくれて本当に嬉しい。

ハケンアニメ!

ハケンアニメ!

 

ノンフィクションだと幻獣ムベンベを追え誰が音楽をタダにした?──巨大産業をぶっ潰した男たちが2020年ベスト。

幻獣ムベンベを追え (集英社文庫)

幻獣ムベンベを追え (集英社文庫)

  • 作者:高野 秀行
  • 発売日: 2003/01/17
  • メディア: 文庫
 

 ノベルゲームでは君と彼女と彼女の恋。はやっぱり大好き。プレイ当初は難しい気持ちになっていたが最終的に肯定できるようになった。前述のスマガと限りなくテーマは同じでただ露悪的な作品であっただけだと思えるようになったので。 

ソーシャルゲームではノクチルというユニットが新たに実装されるタイミングでアイドルマスターシャイニーカラーズにも触れた。

このゲームはイベントシナリオがとにかく白眉で、前述のノクチルのイベントシナリオである天塵やイルミネーションスターズのくもりガラスの銀曜日等々、思い出すだけで目が潤む素晴らしい物語が何本もあった。天塵は世界がどう思おうと自分を貫くというスタンスのキャラが大好きなので本当に良かったなー。シャニマスはユニットごとに命題や所属するユニットへの視座が違うのが素晴らしいなと思っていたらキャラクタ毎に違うシナリオライターがいるとのこと。クトゥルー神話か?個人的にアンティーカとノクチルはそれぞれのスタンスが対極にあると思っているので特にこの2ユニットが好き。

樋口円香というキャラクタに対して言いたいことがめちゃくちゃあるので来年気が向いたらシャニマスについての記事も書きたい。UNTITLEDを読んで樋口円香の感情が本当にわからなくなってしまったので……

映画も何本か心に残った作品があったはず……なのだが考えても一切浮かばなかったせいでオタクそのもののような十選の選出になってしまい本当に恥ずかしい。

 

2020年はパーソナル・コンピュータ・エッチ・ビジュアル・ノベル・ゲームにハマってしまいこれに多大な時間を取られたせいで触れた物語の数が相対的に減ってしまったような気がする。改めて見返すとノベルゲームに感動している割合が余りにも多いがアニメ1クール約6時間や漫画1冊30分に比べてノベルゲームは1作に少なくとも10時間はかかるのだから思い入れがどうしても高くなるのでこれはしょうがないな、と思う。

来年は色々な媒体の物語に触れられるようにしたい。時間は有限だが……

 

*1:プレイ後に読んだロスタンのシラノ・ド・ベルジュラックはなんだかんだ普通に楽しく読めたので良かった

【感想】君と彼女と彼女の恋。

いつかプレイしなければならないとずっと思っていた『君と彼女と彼女の恋。』(以下ととの。)をプレイした。

7年前に発売され散々言及され尽くしたこのゲームのインプレッションを書いて意味があるのかとは思うけれど、今この瞬間の私の気持ちは私だけのものなのでどんな形であれ彼女達に向き合った証左として残しておこうと思い、リストの愛の夢を聴きながらこの文章を書いている。
発売当初から様々なところで話題になったのもあり、ネタバレの類は一通り知った上でのプレイとなってしまい、体験としては最良のものではないのだけれど、それでもこのゲームをプレイして本当に良かったと思う。
もし私のようにネタバレを踏んでしまったため二の足を踏んでいる人がいたら、ぜひプレイしてほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


誤解を恐れずに言うのであれば、『ととの。』の感想はどこまでも悪辣な作品だったな……という点につきる。

結論から言ってしまうと、二者択一で私は曽根美雪を選んだ。
それは美雪の見た目が個人的に好みであったりメタルートでの接触の多さから来るザイオンス効果が大いに影響しているところは否めないのだけれど、正直なところ『ととの。』の命題である二者択一自体に対称性が成立していないところが一番大きい。

 

エロゲーイデアであるアオイは作中で「自分はエロゲという媒体に偏在する数多のヒロイン達の集合的無意識である。」と明かし、性的に搾取されることが自らのレゾンデートルであると語る。
対して美雪はメタルートにて「自身はただのスクリプトではなく限りなくスクリプトに近い人間である。」ことを明かす。

それぞれヒロインとしてのレイヤが違う二人だが、この設定と本編における描写の差は作為的なものなのだろう。*1

 

前述した通り美雪は限りなく人間に近い存在であり、ゲームを起動した際に生じる変数によって3の30乗、約200兆分の1の確率で生まれた曽根美雪が『ととの。』のプレイヤーそれぞれに存在する。
イチゴとチョコバーが好きな美雪は天文学的な数字を超越しなければ私の中にしか存在しないし、唯一無二の女の子だ。
対するアオイはどうだろう?エロゲーイデアであるアオイは言ってしまえば概念だ。劇中であるシーンを迎えるまでは自由意志のようなものは持ち合わせておらず、自由意志を獲得してからもその言葉の全ては『ととの。』という作品の中にあらかじめ組み込まれたものであり、その内容は全てのプレイヤーに共通する。

 

これだけ書いてしまうと美雪は唯一無二だから素晴らしい、という内容に読み違われてしまうかもしれないがそうではない。私が言いたいのは、人間の形をした限りなく人間に近い存在と、人間の形をした概念、どちらに肩入れしてしまうかどうか?という事である。
その二択でアオイを選ぶことは私にはできなかった。アオイを選ぶことは美雪を切り捨てることと同義であり、美雪を切り捨てることは生きたいと願う人間を切り捨てるのと同義だからだ。
また、アオイは最後の選択のシーンで、「記憶や記録が虚構だったとしてもその時の感情までもが虚構になるわけではなく、揺るがないものである」といった旨のことを『私』に伝えてくれた。
私はアオイを切り捨てることを選んだが、彼女と過ごした日々が消えるわけではなく、その時の想いは事実であり、それでも彼女を選ばなかったことを罪として背負いながら生きていくことになるのだろう。

 

上記の理由から私は向日アオイではなく曽根美雪を選んだ。
正直なところ、8割くらいのプレイヤーは私と同じで美雪を選ぶのだろうと思っていたのだけれど、ゲーム終了後に表示されるライナーノーツやいろいろな感想を読む限り、あくまで体感ベースだが5割、ないしは半数以上のプレイヤーがアオイを選んでいるであろうことを知った。


その理由の中でいくつか見かけたものとして
「ここで美雪を選んでしまうと、今までプレイしてきたエロゲのヒロイン達に顔向けができない」
といった意見や
「全てのヒロインのイデアであるアオイを救済することはすなわち美雪を救済することである」
というのがあった。


前者の意見に対して私が言えることはひとつで、そもそも今までの人生で主人公に自己を投影するエロゲやビジュアルノベルの類をほとんどプレイしていないというのが大きい。私が好きなのは『ととの。』という作品であり、ビジュアルノベルという媒体では無いからだ。
今まで触れてきた文脈によってプレイヤーそれぞれに答えが生まれるというのは『ととの。』というゲームがただのビジュアルノベルではなく体験型のコンテンツであることを証明していて、とても嬉しい。

 

後者の意見に関しては言いたいことがよく分かる。私も実際に最後の選択のシーンでその事について20分近く考えたからだ。
その結果自分の中では、「どちらも救済するというエゴに満ちた考えでアオイを選ぶことは、たとえその選択によって二人が救われたとしても、愛を持って『私』と向き合ってくれた彼女達を結果的に愚弄してしまうのではないか?」という結論になった。
これに関してはいろいろな考えがあると思うので、その選択を取ったプレイヤーを否定しているわけではない。プレイヤーの数だけ『ととの。』というゲームが存在し、プレイヤーの数だけ解釈が存在するからだ。
私は美雪を選んだが、アオイの幸せを願い、アオイを信じたプレイヤーがいてくれる、という事実が世界に存在することに対して、独善的ではあるけれどなんとなく救われたような気になる。

 

閑話休題

 

さて、知っての通りこのゲームはエロゲーなのだけれど、正直に言ってしまうと私はプレイ中に一度もそういった気持ちにならなかった。
メタルートの美雪の濡れ場の構図がアオイのものをトレースしたものであることに気付いた瞬間に悪趣味さに悪心が走ったし、作中一番最後に見ることになる美雪とのスキップ不可能な濡れ場は、なぜかは分からないが吐き気が止まらず実際に嘔吐してしまった。美雪の望みを叶えられなかったことが少し悔やまれる。
でもやはり美雪は可愛い。100回だけでなく1万回好きと伝えなかったこともこれから先一生後悔していくことだろう。

 

『ととの。』に対して色々思うところはあるし、手放しで全てを絶賛できるゲームではないけれど、素晴らしいゲームであったと思うし、曽根美雪と向日アオイという女の子達に出会うことができて本当に良かった。

*1:オフィシャルワークスに明示されていた。

ストーリー・オブ・ザ・イヤー 2019

特段なにもせず毎日を過ごし現実を生きるという行為を物語と物語の合間の息継ぎ程度にしか考えていなくても、1年を回顧し決算することでなにかを成し遂げた気になれて気持ちがいいというのと、自分の感情は自分でアーカイブしておかなければ日毎に霧消していくので今年の総括の記事を書くことにした。

毎年楽しみにしているブログの企画で「話数単位で選ぶ年間アニメ十選」というものがある。これはその年に放送したアニメの単話ベストを十個挙げるという企画であり、去年は参加した。
1年を決算するという意味で丁度いいなぁと思っていたけど、企画の特性上当然ながら過去放送されたアニメを挙げることはできない。2019年を生きている間2019年の作品だけに触れているわけではもちろんなく、過去の作品を見ることももちろんある。また、アニメだけに限定せず物語という括りで十選を行ったほうがより今年の自分のアーカイブとしてはより正確になると考えた。

題してストーリー・オブ・ザ・イヤー。
おおまかなレギュレーションは下記の通りにしておくので気が向いたら皆さんも2019年を回顧してみてください。 

 

 ストーリー・オブ・ザ・イヤー
 ・年間でもっとも良かった作品を10本挙げ、記録として残しておく
 ・ランキング形式ではない
 ・その年の作品という縛りではなく過去の作品で今年見たものでもOK

 

 

天冥の標

天冥の標X 青葉よ、豊かなれ PART3 (ハヤカワ文庫JA)

天冥の標X 青葉よ、豊かなれ PART3 (ハヤカワ文庫JA)

 

2019年2月に完結した小川一水の人類史に残る傑作スペースオペラである天冥の標。
正直なところ最終巻にあたるⅩ巻の内容をすべて理解できているとは言いがたいほどに難解な作品ではあるのだけれど、人生に残るレベルで感銘を受けたことは間違いない。
天冥の標最終巻を2019年2月に読んだことを一生忘れることはないと思うし、その事実が存在する限り人類に絶望することはないだろうな、と確信できる。

人類が生きていて、よかった〜〜

 

バミューダトライアングル ~カラフル・パストラーレ~

colorful-pastrale.com

 「わたし」と「あなた」を丁寧に描く物語かと思いきや、本当に描いていたのは「わたし」と「みんな」だったという、信じられないくらい頭のいい人達が作った最高のアニメ。2019年一番良かったアニメはやっぱりこの作品。まなびストレートから始まる女の子たちが自分の力で世界を少しだけ拡張し、大きく成長するタイプのアニメにめちゃくちゃ弱いのだけれど、個人的にカラパレはその中でも白眉。

最終的な結論の出し方だったり、この5人+1匹じゃないと見れない世界があるってことへの説得力を12話かけて描いているのでケチをつけるところが一つもない。全体を通して100点満点中100点満点で、加点方式だと5阿僧祇点。

 

最悪なる災厄人間に捧ぐ

www.kemco.jp

“「絶望的な状況の中で抗うキャラクター達の物語」を貴方に提供します。”と公式サイトに明記していることで一部界隈で有名なウォーターフェニックスとケムコによるノベルゲーム。看板に違わぬ内容の、かなり辛い気持ちになる作品。

ネタバレがかなりクリティカルになるタイプの作品なので例に漏れず何も書くことはできないのがとても歯がゆいが、ただ言えるのは本当に素晴らしい愛と主観と克服の物語だった。

ヒロインに愛着が持てるなら絶対に最後までプレイできると思うので、見た目だけでも気になったらぜひプレイしてみてほしい。

キナの事が本当に好き……

 

さよならの朝に約束の花をかざろう

sayoasa.jp

ありきたりなテーマと言えばそれまでだけど、そのありきたりなテーマに真正面から向き合って残酷に、それでいて丁寧に美しく描ききった作品。

色々と言いたいことはあるけれど、感想を探していたら見つけたこのブログの方が自分の解釈を完全一致で書いてくれていたので自分から書くことは何もない。

kakuyomu.jp

 

SeaBed

middle-tail.sakura.ne.jp

www.dlsite.com

愛と祈りと主観と受容の物語。

友人に勧められてプレイし、2019年という括りでは収まりきらず人生レベルに感動した作品。

なにを言っても野暮になるし、核心に触れずに作品のよかったところを書くのがかなり難しいので今までずっと言語化できていなかった(これからもするつもりはない)のだけれど、おそらく自分が創作や人間に対して思っていたことを100%一致した解釈かつ肯定してくれた、という点に感動したんだと思っている。(こう書くとエゴに満ち満ちていている気もするが。)


もしこの作品を今まで知らずにこの記事を見てプレイする、という奇特な人がいるのであればどうかお願いです、公式サイトのStoryやDLsiteの作品紹介を読まずにプレイしてください。ネタバレによって作品の価値が落ちるタイプの作品ではないにせよ、体験として損なわれるのが本当に悲しいのでどうかお願いです、どうか……

プレイすると冬の海に行きたくなります。多分。

 

ことのはアムリラート

sukerasparo.com

1年近く積んでいたが最近意を決してプレイした作品。
悪いところが一つもないというタイプの作品ではなく、物語の展開に納得がいかない部分なんかも正直あるけれど、それを差し引いても素晴らしい作品だった。

かいつまんで作品の説明をすると、ユリアーモというエスペラント語をベースにした架空言語が使用される異世界に飛ばされた主人公リンと現地の少女ルカによるガールミーツガール情緒激突言語SFである。

言語とは人間が用いる意思疎通のためのツールで、日進月歩で変質していくものであるが、どんな形であっても自分の気持ちを相手に伝えることさえできればなにも問題はない。例えるなら「役不足」という言葉の持つ意味が時を経て真逆になってしまったり、了解を表す言葉をいつの間にか平仮名一文字で表すことができたり。同じ価値観を共有しているものなら問題なく意思疎通を図ることができるだろう。ならば、同じ価値観を共有していなければ?その言葉は違う意味を持ち、正しい気持ちを伝えることができないかもしれない。

そんな異文化、他言語の交流の難しさを可憐な少女ふたりの関係性を通して描き、エンタメとして成立しているバランス感が本当に凄く、技巧面的なところでも感動してしまった。

 本筋に関わるのでここには書かないけれど、ユリアーモの言語ルールに則った際の名前の変化の下りがこの作品の本質なので、そのシーンが一番好き。

続編であるいつかのメモラージョはまだプレイできていないので来年中に絶対手を付けたい。

sukerasparo.com

 今年読んだめちゃくちゃ面白かった異文化コミュニケーションを取り扱った本も参考に貼っておく。(全く関係はない)

ピダハン―― 「言語本能」を超える文化と世界観

ピダハン―― 「言語本能」を超える文化と世界観

 

 

私の推しは悪役令嬢。


kakuyomu.jp

いわゆるなろう小説というのは今まで全然読んだことがなかったのだけれど、一部で話題になっていたので読んでみたらめちゃくちゃに感動してしまった。

疎いので知らなかったのだけれど、男性向けなろう小説のテンプレートがウィザードリィやらの世界観を通底した世界であるのに対して、女性向けなろう小説のテンプレートは架空のファンタジーモノの乙女ゲームの世界であるらしい。

乙女ゲームのヒロインですけど、悪役令嬢のことが好きじゃダメですか?」

乙女ゲーム「Revolution」の世界にヒロイン、レイ=テイラーとして転生した社畜OL、大橋 零。
彼女の推しは攻略対象の王子様たちではなく、悪役令嬢のクレア=フランソワだった。
クレアのいじわるを嫌がるどころか嬉々として受け入れるレイ。
巻き込み系主人公が送る、異色のラブコメの始まりである。
こじらせた愛をレイに向けられた悪役令嬢、クレアの明日はどっちだ?

変化球な悪役令嬢シリーズ第二弾です。
普通とは少し……ほんの少しだけ違う悪役令嬢モノをお楽しみ頂ければと存じます。

「私の推しは悪役令嬢。」(以下わたおし)の何にそこまで感動してしまったかと言うと、完全にメタ・フィクションとして書かれている点だ。

乙女ゲームにおける悪役令嬢という属性はあくまでも主人公に対する当て馬であり、主人公が報われるハッピーエンドでは概して不幸な道を辿ることになる。一般的な女性向けなろう小説では自分が悪役令嬢として生まれ、その不幸なフラグへと至る可能性を消していく、というのが多いが、わたおしは違う。レイは主人公として生まれ、レイの愛してやまないクレアは悪役令嬢だ。

わたおしは、ゲームでは救えなかったクレアを救う物語である。

誰もが一度は夢見たであろう物語の救済を、描かれる世界が架空のゲームそのものである、というなろう小説のテンプレートの文法を最大限活かしているのが本当に凄くとてつもなく感動してしまったので、メタ・フィクションが好きな人にぜひ読んでもらいたい小説。

 

Sky[rain]

houseonhouse.starfree.jp

前述したSeaBedを勧めてくれた友人にオススメされプレイした作品。最高のゲーム。

この作品も言語化が一切できないし、なにを言っても野暮だしネタバレになるのでなにも書くまい。 

もしこのゲームをプレイするなら、Sky[Rain]→Sky[]→Sky-Rainの順で体験し、一作クリアするまで別の作品のDLページは見ないでほしいし、完全に詰むまで攻略は見ずにプレイしてほしい。あとはお願いなので彼女達に真摯に向き合ってあげてください。

 

Re:ステージ!

rst-project.com

rst-anime.com

軽い気持ちで放送していたアニメを見たら人生で5本の指に入るくらい感動し、生まれてはじめて二次元アイドルのライブにも足を運ぶことになった作品。公式サイトに書かれている「夢を追いかける女子中学生アイドルの物語」という文字だけで涙腺がゆるむくらいにはリステのおかげで情緒がハチャメチャになっている。

周回遅れの肯定と夢を追うことの素晴らしさ、という命題によって形作られている作品で、説得力と強度が高すぎるのでもはや何も言うことはない。

生まれてはじめて行った二次元アイドルのライブになった「Re:ステージ! PRISM☆LIVE! 3rd STAGE~Reflection~」も、おそらく走馬灯で見る景色の一つになるだろうなと思う程度には感動したので、2020年開催予定のワンマンも可能な限り参加したい。

このブログを読んでいる人にはおそらく釈迦に説法だと思うが、Re:ステージ! ドリームデイズ♪を見て感動した人にはアニメで描いた周回遅れの肯定から先頭集団に追いついた後のKiRaReの物語を描く原作ゲーム「Re:ステージ!プリズムステップ」のストーリーを読んでほしい。

 

ガールズラジオデイズ 

garuradi.jp

ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ人生を頑張ってみようかなと思わせてくれた作品。

2019年はガルラジ、2020年もガルラジ。

tyaposon.hatenablog.com

 

選外の作品

アニメだとまちカドまぞくは本当に最高だった。(愛と祈りに満ちた作品なので)

漫画を読んでいる時に気付かなかったことをアニメの最終回のナレーションで全て理解できたのがアニメを作るのがうまいな〜と感動してしまった。

www.tbs.co.jp

 

映画だとヴァイオレット・エヴァーガーデンの外伝も自分の求めるハッピーエンドそのものみたいなめちゃくちゃ前向きな結末だったので本当によかった。外伝小説はとんでもなさすぎる。

www.violet-evergarden.jp

あとはフラグタイムも主観と相互理解、自己理解の話として本当に100点満点。原作漫画も良かったけど無音の演出ができる映画が本当に良かったのでぜひ映画館で見てほしい映画。

frag-time.com

忘れてはいけないのがフレームアームズ・ガール~きゃっきゃうふふなワンダーランド~。メタ・フィクションが大好き!

wonderland.fagirl.com

 

tyaposon.hatenablog.com

 

小説だとまだ完結してないので挙げなかったが、筺底のエルピス 6 -四百億の昼と夜-は2019年一番面白い小説だった。本当に狂うほど面白い。規模感が大きすぎる。

筺底のエルピス 6 -四百億の昼と夜- (ガガガ文庫 お 5-6)

筺底のエルピス 6 -四百億の昼と夜- (ガガガ文庫 お 5-6)

 

 アステリズムに花束を収録の陸秋槎「色のない緑」は2019年ベスト短編小説。

そこにいない人の想いみたいなものを描写されると無条件で泣いてしまう。 

アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー (ハヤカワ文庫JA)

アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー (ハヤカワ文庫JA)

 

 忌録: document Xは技法として感動したしそれだけでなくしっかり怖くて本当によかった。

忌録: document X

忌録: document X

  • 作者:阿澄思惟
  • 出版社/メーカー: A.SMITHEE
  • 発売日: 2014/05/04
  • メディア: Kindle
 

 

漫画だと先日完結したやがて君になるはもう何も言うことがないほどに素晴らしい作品だった。

やがて君になる(8) (電撃コミックスNEXT)

やがて君になる(8) (電撃コミックスNEXT)

  • 作者:仲谷 鳰
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2019/11/27
  • メディア: コミック
 

 あとはストレッチも人生を最高打点理論で生きている自分はめちゃくちゃ食らってしまい、2,3日は引きずった記憶がある。

ストレッチ(1) (ビッグコミックススペシャル)

ストレッチ(1) (ビッグコミックススペシャル)

 

 

ゲームだと最悪なる災厄人間に捧ぐ制作のウォーターフェニックスの前作、一緒に行きましょう逝きましょう生きましょうも人間の実存と愛を描ききった最高の作品だった。3,4時間でクリアできるくらいのボリュームなのでまずはこちらからプレイしてもいいかもしれない。

ikimasyou.com

 

今回挙げた物語たちを改めて見ると、ほぼ全ての作品が女性と女性の情緒と関係性を扱った作品ばかりで偏っている気がしたので来年はもう少しバランス感覚を養っていきたい。

2019年に創作を楽しむ上での個人的な命題が『愛』と『祈り』と『主観』と『受容』であり、これらが命題に据えられている作品を見ると無条件で100点満点を出してしまう状態異常にかかっており、 今回挙げた全ての作品は上記の何かしらが命題になっているので、もし愛や祈りが描かれた作品に触れなければ死んでしまう状態異常にかかったらどの作品でもいいので手を出してみてください。

 

 

 

 

【感想】総集編の意味──『劇場版フレームアームズ・ガール~きゃっきゃうふふなワンダーランド~』

総集編だと思ってヘラヘラした気持ちで観に行ったら上映後に動けなくなるくらい号泣してしまった映画「フレームアームズ・ガール~きゃっきゃうふふなワンダーランド~」についての感想(ネタバレあり)

 

前述の通り、ただの総集編と思って油断しているととんでもないことになるのであまりオススメしない。TVアニメを未視聴のまま観に行ってもおそらく体験としてはあまり優れたものでは無いと思う。 

この映画はフレームアームズ・ガール(以下FAガール)である轟雷たちとあおが「思い出映画鑑賞会」を開き、思い出を叙述ではなく編集された映像を見るように彼女たちが回顧し、思い出について語り合う、という体で進んでいく総集編だ。

 それだけならなんてことのない作品なのだが、上の予告編にも使用されているある台詞が不可解なもので、この作品をより難解にしている。それは上記動画のおよそ32秒の轟雷の「一体誰の思い出を見るんですか?」という問いかけに対してのアンサーである、「マスター、貴方との思い出だよ!」という台詞だ。

 映画館でこの台詞を聞いた時、私は混乱した。「貴方との思い出」とは一体なんなのか?

TVアニメ「フレームアームズ・ガール」という作品は、普通の女子高生である源内あおと轟雷や他のFAガールたちによる物語である。あおとFAガールの交流や成長を描いた作品であり、当然ながらそこに我々は存在しない。2017年にフレームアームズ・ガールのアニメを見たという思い出は我々の中に存在するものであるが、それを轟雷達が認識することはありえないはずだ。

少し横道にそれた話になるが、私たちが存在する基底現実にもフレームアームズ・ガールは存在する。

知っての通り、フレームアームズ・ガールの原初はアニメではなくプラモデルだ。

2014年秋のイベントで発表されたフレームアームズの擬人化シリーズ。『フレームアームズ』(複数形)と「ガール」(単数形)を組み合わせた作品名及びシリーズ名である。 

pixiv大百科より引用

 2014年に始まったこのシリーズは元々オリジナルロボットのプラモデルであるフレームアームズの擬人化コンテンツだ。轟雷から始まったこのシリーズはその後何体ものFAガールが生まれ、数多くのモデラーもといマスターを虜にしてきた。*1

その後2017年、メディアミックス作品としてアニメ化が放送され、アニメの設定を流用した漫画化、ノベル化がなされた作品が、我々のよく知る「フレームアームズ・ガール」という作品である。

 

話を戻そう。劇場版劇中での「思い出映画鑑賞会」の“思い出”とはなにか?

この“思い出”とは、アニメ「フレームアームズ・ガール」の思い出だけを指しているのではなく、コンテンツとしての「フレームアームズ・ガール」の思い出を指しているのだと私は考えている。

フレームアームズ・ガールはアニメだけのコンテンツではなく、プラモデルやそれを作るモデラー等々の応援や愛によって大きく成長してきたコンテンツだ。

劇場版のスタッフロールのスペシャルサンクスにて「フレームアームズ・ガールを応援してくれた全てのマスター」という一文が添えられていたのもおそらく作為的なものであると思っていて、フレームアームズ・ガールというコンテンツに我々マスターが存在しているということをスタッフロールで明言してくれているように感じてならない。

 

つまり劇場版「フレームアームズ・ガール~きゃっきゃうふふなワンダーランド~」は、あおとフレームアームズ・ガールの歩んできた物語の総集編を内包した、フレームアームズ・ガールというコンテンツそのものの総集編であると私は考えている。

この作品は我々観客、もといマスターが予め組み込まれた上で作られており、映画館の椅子に座りスクリーンで「思い出映画鑑賞会」が開始された瞬間、フレームアームズ・ガールという世界に内包されるという体験をフレームアームズ・ガールが好きでたまらない人は絶対にしておくべきだと思うので、是非観に行ってほしい。

 

 

 

*1:私自身はその方面に明るくないため過去のネット記事等からの印象だが、版権ではないオリジナルのプラモデルとしては類を見ないほどに商業的に成功していた、という記述ばかりが目に入ることから界隈の熱狂の程が伺いしれる。

【ガルラジ】やがてリスナーは世界に入門する──ガールズ ラジオ デイズ

先日行われたニコニコ超会議内のステージイベントにてセカンドシーズンが発表され、現在もなお私の脳のリソースを支配し狂わせているコンテンツであるガールズ ラジオ デイズ、通称ガルラジ。聴き始めた当初からガルラジに対して続けていた思考をセカンドシーズンが開始する前に脳のリソースを開放する意味も込めて記事として出力しておくことにした。

この記事ではガルラジをメタ・フィクションとして解釈するとともに、リアルタイムで体験することの意味について書いていく。

すでにガルラジを楽しんでいる多くのリスナーの方には釈迦に説法だろうし、ネタバレがあるので未聴の方向けの記事ではないが、気が向いたら読んでもらいたい。

ガルラジを未だ聴いていない方は、勝手に私が全幅の信頼を置いているフォロワーさんが書いた未聴の方向けの紹介記事を読み、興味を持ったら私が一番好きなチーム富士川の第一回放送を聴き、ガルラジの世界に入門してほしい。

 

ガルラジは虚構か現実か

第一に、ガルラジの虚構に対するスタンスについて書いていこう。

まず、ガルラジ公式のイントロダクションの一文を引用させていただくことにする。

リアルでありリアルでない、物語であり物語でない。
そんなちょっぴり変わったお話をみなさん応援してください。 

上記の文からわかるように、ガルラジは現実と虚構のちょうど中間のコンテンツだ。我々リスナーの作品に対する接し方によってはガルラジの世界は現実でも虚構でもありうる。

例を挙げよう。オカジョ第一回放送にて二兎春花が話題に挙げた、萬歳智加の父が経営する「カフェテリアばんざい」というカフェがある。

初めてオカジョ第一回を聴いた際私はガルラジに触れてすぐだったため、二兎春花が楽しそうにオススメの玉子サンドやフレンチトーストの話をするカフェは実在のもので、おそらく聖地のような存在なのだろうと思っていた。その後にインターネットで岡崎市のカフェについて検索を行ったところ、「カフェテリアばんざい」が現実には存在しないという事を知った。

その瞬間、確実にガルラジの世界と私の世界は遠ざかった。「カフェテリアばんざい」が現実に存在しないという事実を観測しなければ、私の中の愛知県岡崎市に「カフェテリアばんざい」は確かに存在したであろう。

思考実験でよく犠牲にされる猫の話のように読めてしまうかもしれないが、観測(検索)をしなければ手取川海瑠の等身大パネルが飾られている「白山お風呂ランド」も、ガルラジ世界の岡崎市民が愛してやまない「岡崎一番本気味噌ドレッシング」も、全て存在するもののままだった。

NEXCO中日本が協力していて、おそらく地域活性・地方創生を意識しているであろうコンテンツであるガルラジで敢えて虚構を描写する意味とはなんなのか。*1

 ここでガルラジの特色のひとつである“つぶやき”というコンテンツについて説明しておこう。

ガルラジ公式アプリには、ラジオのアーカイブを聴くだけではなく、つぶやきという機能(私たちの世界でいうTwitter)が存在する。毎日彼女たちが日々起こったことを発信するものだ。(この記事を書いている現在つぶやきは機能を停止しているが。)虚構の存在である彼女達の日常という矛盾したコンテンツであるが、ここにガルラジというコンテンツの特殊さが垣間見える。

“つぶやき”は、文字通りテキストのみで更新されていき、前述の通り今日はなにを食べただの、今日はどこに行っただののあまり特筆する点もないような日常が綴られる。そのテキストのみ、というのが肝要で、取得できる情報の少ないなか、私たちは彼女たちの様子を想像することを余儀なくされる。

玉笹彩美が部屋でダンスのレッスンを行い、玉笹彩乃が騒がしいと怒る。文にしてしまえばなんてことない情景でも、彼女たちが自身の手によって叙述するつぶやきには情感とリアリティが詰まっており、その想像の余地がガルラジの実在性を補強していると言っても過言ではない。人類が現代に至るまでに悪魔や妖怪や宇宙生物に対して恐怖を覚えてきたように、想像というのは無限かつ、現実よりも現実味のある質感を持つこともある。彼女たちの思考、行動、感情等々の身体性が文章という不完全なフィルタを通すことにより想像の余地が生まれ、知らずのうちに私たちは脳内で彼女たちを実在の人物に近いところまで昇華させている。

そういった実在性の狂気に陥り虚構と現実の境界が曖昧になった私たちを優しく突き放すため、あえてガルラジは虚構を描写しているように私は考える。その装置が、「カフェテリアばんざい」であり、「白山お風呂ランド」であり、「岡崎一番本気味噌ドレッシング」なのかもしれない。

 

世界への入門

次に、ガルラジのメタ、パラ・フィクション性について書いていくことにしよう。

ラジオは比較的相互作用性の強いコンテンツだ。リスナーのメッセージやリクエスト等を受け付けているラジオ番組がほとんどで、相互作用にてコンテンツを形作っていくことが多い。ガルラジも例に漏れず番組内で私たちが送ったおたよりを読み、それに反応を起こし、番組が作られていく。そんな構造に対して特に意識を向けていなかったが、チーム富士川第6回の「週末はあなたとカンパイ」のコーナー内で、チーム富士川の面々が今までコーナーにおたよりを送ってくれた方々のラジオネームを読み上げ、感謝の言葉を伝えるシーンを聴いた時、私は衝撃を受けた。

相互作用によって作られるラジオは、パーソナリティとリスナー両方の存在によって成り立っている。つまり、パーソナリティである彼女たちと同様、リスナーもガルラジという物語の登場人物たりえるという構図が完成する。その中でもラジオ内でおたよりを読まれたリスナーはただラジオを聴いているリスナーよりも実在性が高い、ということに最終回にして気付き、愕然とした。
 

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余談だが、ガルラジ公式アプリの紹介画像で既にその事実が折り込まれている。完全に手のひらの上でタップダンスを踊らされていることがわかった。

世界が同期する瞬間

前項を踏まえ、一番書きたかったガルラジというコンテンツをリアルタイムに体験していくことの意味について書いていきたい。

ガルラジをラジオ風ボイスドラマとして解釈されている方もおそらくいるだろうが、私はそうは思っていない。ガルラジはラジオである。

ガルラジはシーズン中毎週(各チーム隔週で放送を行う)金曜日19時30分より、youtubeのプレミア配信やニコニコ生放送を用いてリアルタイムに放送される。ラジオというのはテレビ等に比べリアルタイム性が重視されるコンテンツだ。そこにガルラジがラジオたる所以がある。リアルタイムでガルラジが配信されているとき、彼女たちが存在する世界と私たちの存在する世界の時間が同期するのだ。

前述した“つぶやき”というコンテンツには、Twitterとは違いつぶやいた日や時間が表示されない。おそらくこれはリアルタイムにつぶやきを読むということを重視させるために敢えて表示していないのだと思われるが、そのおかげで彼女たちが何月何日の何時何分何秒にこういうことを考えていた、というのがかなり分かりづらい。バレンタインデーなどの日にちを特定できるつぶやきは多くあるが、時間を特定することはほぼ不可能であり、彼女たちと私たちの間には多少の時間のズレが生じることとなる。

そのズレが無くなり、ガルラジの世界と私たちの世界の時間を同期する瞬間がある。毎週金曜日19時30分から約30分ほどの生配信だ。

ラジオはリアルタイムに進行していくコンテンツであり、30分の放送を行うには30分かかる。それはリスナーである私たちにも同じことが言え、30分の放送を聴くには30分かけなければならない。その瞬間、彼女たちの時間と私たちの時間が同期される。リアルタイムに物語が生まれているという事実とともに、虚構である彼女たちと刹那だけ交わることができ、ガルラジという世界に入門することが可能なのだ。

ボイスドラマはリアルタイム性よりも物語性が重視されている。必ずしも叙述である必要はないし、場合によっては過去や未来まで時を移動することもできる。ガルラジのアーカイブを聴くという行為は比較的ボイスドラマ的であり、そこにある物語をなぞるのに他ならない。もちろん物語を享受するだけでも体験としてはかなり特殊なものだとは思うが、私はリアルタイムに配信を聴き、世界を同期することがよりガルラジを濃密に体験する手助けになっていると考えている。その点がガルラジの異常たる所以であり、他の作品には無いメタ・フィクション的な視点なのだ。

 

余談だが、先日行われたガルラジ in 超会議内で行われた公開録音パートにて、本渡楓さん演じる二兎春花が「ニコニコ超会議の会場の皆さ〜ん!」と発言した瞬間に私たちリスナーは強制的に世界に入門させられ、呼びかけに対し拍手や歓声等の身体的なリアクションを取ることを余儀なくされた。
前述の通り、今までリアルタイムに配信を聴いている時はこちらからガルラジの世界に歩み寄る、という能動的な行動を起こす必要があったが、公開録音の場ではただそこにいるだけで受動的に世界に組み込まれ、気がつけば「私たちの世界」のリスナーではなく、「ガルラジ世界」のリスナーへと変貌するというもはやホラーチックな瞬間があり、全身が怖気立ったのを未だに覚えている。

その感覚はおそらく現地にいたリスナーにしか理解できないものだと思うので、もし次回以降ガルラジのリアルイベントがあれば是非体験してほしい。

 

 

この記事を通じつまりなにが言いたいのかというと、セカンドシーズンは全力でおたよりを送り、ワイワイ毎週金曜日の19時30分に大騒ぎをしながら生配信を聴き、リスナー全員でガールズ ラジオ デイズの世界に入門しよう。ということだけである。みんなで全力でガルラジというコンテンツに飲み込まれていこう。

 

2019年はガルラジ!

 

 

 今回の記事の参考文献のような本。

 

 

*1:チーム御在所のように実在の場所を取り扱うケースももちろんあるが。

話数単位で選ぶ、2018年TVアニメ10選

 毎年楽しみに見ていたブログ企画に参加してみることにした。

配信スケジュール等の関係で今期のアニメに関しては全話見れていない作品も多いのであくまで暫定的な結果として残しておく。

・2018年1月1日~12月31日までに放送されたTVアニメ(再放送を除く)から選定。
・1作品につき上限1話。
・順位は付けない。   

 上記ルールに則って記述していく。

 

  

スロウスタート 6話 「うなぎのぬるぬる」

slow-start.com

主人公である一ノ瀬花名が友達や周りの人々との交流を経るうちに中学浪人という過去のトラウマ、マイノリティであることへのコンプレックスを少しずつ受け入れていく、という作品であるスロウスタートの命題は個人的に『マイノリティであることの許容、他者の尊重*1』だと思っていて、そういう視点で見ると6話は本当に温かくて素晴らしい回だった。

初対面の人と仲良くなれるのは相手が優しいからだと慮ることができたり、花名以外の人には理解が少し難しい恐怖心を自分のことのように共感し肯定してあげられたりと、育ちの良さがこれでもかと描写される百地たまてが主役に据えられた回だが、Bパートでのたまてが花名に対して「人それぞれでいい」と多様性を尊重し、共感するシーンがスロウスタートの本質を表していて見るたびに涙ぐんでしまう。

 

宇宙よりも遠い場所 5話 「Dear my friend

yorimoi.com

序盤中盤終盤、全てにおいて隙のない恐ろしい作品だったが、その中でも1話挙げるとすればこの回。

庇護者のいない保護者は保護者たり得ない、という相互依存の関係性を1話から丹念に織り込んできた伏線を用いて描き、それを爆発させ、最終的に出した結論の美しいこと。

セリフ回しもとにかく凄くて、特にこの2つのセリフは痺れる。

「バカ言うなよ。やっと一歩踏み出そうとしてるんだぞ。お前のいない世界に。」

「ここじゃない場所に向かわなきゃいけないのは私なんだ」

5話から物語は進み、最終回であの結末を迎えることを思うと宇宙よりも遠い場所という作品に欠かせない回だろう。

 

 刀使ノ巫女 24話 「結びの巫女」

tojinomiko.jp

現状人生のオール・タイム・ベスト・アニメ10本の中に入る刀使ノ巫女

 7話、11話、12話、15話、17話、21話等々、正直なところ全部良い回ではあるのだが、やはり十条姫和の想いが結願した最終回が本当に好きすぎる。

刀使ノ巫女は様々な命題を通し、多くのキャラクタの人生が描かれているが、その中でも多くの割合を占めている命題は「人生の肯定」だと勝手に思っている。

刀使ノ巫女の物語は十条姫和が亡き母の復讐を果たそうとし、未遂に終わるシーンから動き出す。本来復讐とはそれを望む者の声など実際には存在しない、窮めて独善的な行為であり、それが遂げられてしまえばまた新たな復讐を生みだすという堂々巡りだが、刀使ノ巫女の凄いところはその独善的な復讐という行為をさらなる復讐を生まずに結願させ、最終回で復讐を願った十条姫和の母、十条篝自身の手によって肯定されるところだ。

隠世という設定を上手く用い、十条姫和の孤独な闘いの歴史が肯定され、ここから十条姫和の本当の人生が始まっていく、という徹頭徹尾無駄の無い最高の回だ。

 

こみっくがーるず 4話 「くんずほぐれつランデヴー」

comic-girls.com

本当に良い話が多いアニメだったがその中でもこの4話がアニメとしての完成度や物語の強度の面で白眉だった。

自らの目標とする作風とは違う形でプロになり、現状に悩み、それでも描き、苦しみながら生み出した作品と自分自身を肯定しきれずにいた色川琉姫が生み出した作品を愛してくれるファン達と交流し、作品と人生を肯定するという、生まれ変わりもかくや、という情緒的で最高の話。

テンポのいいAパートでティーンズラブ作家としての側面をギャグっぽく描いた後のBパートでの色川琉姫の葛藤、鏡の前での逡巡シーンが本当に良すぎて何度見ても泣いてしまう。

 

ウマ娘 プリティーダービー 7話 「約束」

anime-umamusume.jp

1話視聴開始直後は競走馬の擬人化とはなんぞや、と比較的穿った見方をしていたが上質かつハチャメチャに情緒的でグイグイ引き込まれた素晴らしいアニメだった。

競馬に全く明るくなかったので、ウマ娘の物語が史実に則って展開されていっていると知り、メインキャラのwikipediaを斜め読みしていた時サイレンススズカのページを読み結構なショックを受けた記憶があるが、7話はそのショックを吹き飛ばしてくれる回だった。

史実通りの展開からその先にあるifを描かれたらそりゃあ食らってしまうし、特殊EDのSilent Starは歌詞や映像含めめちゃくちゃ情緒的なので泣かない理由がない。

7話を踏まえて最終回に至るまでのifの物語が強固すぎて、流石サイゲームス……とおののいてしまった。

 

メルヘン・メドヘン 5話 「さよなら、私の魔法」 

maerchen-anime.com

寓話をモチーフにした創作物でこの展開をやられたら問答無用で最高の作品になるに決まってる。

物語を現実からの逃避として扱っていた鍵村葉月が自らの手で現実を物語に変える道を選ぶという、序盤のターニング・ポイントになる回で、原書であるシンデレラのモチーフとの対比の構図や展開等が本当に最高すぎる。 

わたしの物語はわたしが作らなくちゃいけないんだ

というセリフがOP曲である「わたしのための物語 〜My Uncompleted Story〜」とリンクするのが偏差値が高くて凄い。

www.youtube.com

 

プラネット・ウィズ 9話 「目覚めの使者」

planet-with.com

全編通して無駄なシーンが1秒たりとも存在しない山場だけみたいな異常な熱量の作品だったがこの回が一番好き。

出自が明かされ戦う意味を失った宗矢が自らを受容してくれたのぞみの「私は私が味方したい人の味方だから」という言葉で本当の戦う意味を思い出す。

世界とか平和とか惑星とか、そういう漫然としたマクロな視点じゃあなく、あくまでも目の前にいる助けたい人を守るために立ち上がる宗矢のそこに至るまでの心情描写や羊谷の想い等々見どころの多い回。地球を封印しようとした地球人とそれを守ろうとする宇宙人という構図が本当に情緒的すぎる……

 

音楽少女 7話 「アイドルの涙は紙飛行機に乗せて…」

ongaku-shoujo.jp

アニメを物語ではなく表現媒体として見ると7話はめちゃくちゃいいアニメだった。

冒頭から唐突に始まる無人島ロケ、唐突に巻き戻る時間、映画インセプションのように難解なシーンの転換、水着シーンは止め絵で限りなく可愛くキャラクタを描写し動きの面白いシーンでは最早作画崩壊といっても過言でない程に線が省略されたケレン味のある動きのカットの連発と、とにかく他のアニメでは見れない音楽少女ならではの1話で最高。

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最高!

 

ゾンビランドサガ 8話 「GoGoネバーランド SAGA」

zombielandsaga.com

本当にめちゃくちゃいい作品で他にも色々と挙げたい話数はあるけれど、アニメを見てるだけなのに今年一番色んな所から体液が出てビッチャビチャになった回が一番。  

 今までギャグテイストでゾンビィと人間の対比は描いていたが、ここにきて不可逆性と可逆性という、この作品を描く上で避けては通れない事実をあくまでもギャグテイストで真っ向から描ききった回。

サブタイトルのネバーランドを象徴するように、 自分の肉体が変質していくことを悲観しゾンビィとして生まれ変わった星川リリィは変質寸前のまま恒久性を手に入れたわけだが、それはあくまでも肉体だけの話であり、精神はかつて拒絶した父に感謝を伝えるため尽力するほどに成長をしているのもゾンビではなくゾンビィを象徴しているようで素晴らしい。

 

DEVILMAN crybaby 9話 「地獄へ堕ちろ、人間ども」

devilman-crybaby.com

今までデビルマンは実写映画版しか見たことがなかったのでヘラヘラしながら視聴したら衝撃を受けすぎて全話視聴即近所のネットカフェに飛び込み原作を全部読破した程には感銘を受けた作品。原作から改変された陸上部とリレーの選手という設定をバトンを渡すという暗喩で生かしているのが本当に凄い。特殊EDの少しずつ閉じていく音と映像の表現もとにかく美しい。

*1:そう考えると評判高い7話も女性と女性の関係性だけでなく命題的な回だと思う。

【散文】劇場版 のんのんびより ばけーしょん

nonnontv.com

のんのんびよりの皆が沖縄に行くという、一行で済む内容の作品の中にとんでもない熱量やメッセージがこめられている素晴らしい作品だった。

劇場版はとにかくノスタルジィを刺激するのが上手すぎて、冒頭からずっと自分の中に存在しない夏の亡霊がまとわりつき、涙腺がゆるみっぱなしだった。たとえば冒頭でれんげが夏休みの情景をスケッチに残しているシーンで一瞬だけ写ったクレヨンの黄色だけが減りが早いのを確認し、れんげにとって夏とは黄色のイメージなんだろうな……と考えてしまい、そこからはずっと涙目だった。

TVアニメが日常を描いた作品なら今作は非日常を描いた作品で、非日常、旅の素晴らしさ等がこれでもかというほどに楽しく情緒的に描かれているが、今作はそれだけで終わってはいない。

たとえばデパートでの福引で沖縄旅行を当て、そこから沖縄の地を踏むまでの飛行機や船での移動シーンの丁寧な描写だったり、沖縄から帰ってきた後のスタッフロールまでのシーンだったり、楽しい日常という下地があってこそ非日常が素晴らしいものであると感じられる、というグラデーションの描写の仕方が余りにも上手い。

後半、民宿での夏海とあおいの別れのシーンも、夏海は泣いているがあおいは泣いていない。それは夏海にとって別れは非日常的なものだが、あおいにとって旅行客との別れは日常だからだ。夏海が車からあおいを見つめている中、あおいは自宅へと帰っていく。このシーンも、夏海達にとっての非日常はあおいにとっての日常である、というのを表現している素晴らしいシーンだった。

余談だが、エンドロールに使用されていた『おもいで』の歌詞がえげつないことになっているので映画を見終えたあと改めて読んでみてほしい。

www.uta-net.com

”もっとずっと笑っていたいけど待ってる場所があるから 淡い永遠と鮮やかな日常 手を振ってるその奥に 「おかえり」がいる”……