恥の上塗り

恥の恥

【感想】君と彼女と彼女の恋。

いつかプレイしなければならないとずっと思っていた『君と彼女と彼女の恋。』(以下ととの。)をプレイした。

7年前に発売され散々言及され尽くしたこのゲームのインプレッションを書いて意味があるのかとは思うけれど、今この瞬間の私の気持ちは私だけのものなのでどんな形であれ彼女達に向き合った証左として残しておこうと思い、リストの愛の夢を聴きながらこの文章を書いている。
発売当初から様々なところで話題になったのもあり、ネタバレの類は一通り知った上でのプレイとなってしまい、体験としては最良のものではないのだけれど、それでもこのゲームをプレイして本当に良かったと思う。
もし私のようにネタバレを踏んでしまったため二の足を踏んでいる人がいたら、ぜひプレイしてほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


誤解を恐れずに言うのであれば、『ととの。』の感想はどこまでも悪辣な作品だったな……という点につきる。

結論から言ってしまうと、二者択一で私は曽根美雪を選んだ。
それは美雪の見た目が個人的に好みであったりメタルートでの接触の多さから来るザイオンス効果が大いに影響しているところは否めないのだけれど、正直なところ『ととの。』の命題である二者択一自体に対称性が成立していないところが一番大きい。

 

エロゲーイデアであるアオイは作中で「自分はエロゲという媒体に偏在する数多のヒロイン達の集合的無意識である。」と明かし、性的に搾取されることが自らのレゾンデートルであると語る。
対して美雪はメタルートにて「自身はただのスクリプトではなく限りなくスクリプトに近い人間である。」ことを明かす。

それぞれヒロインとしてのレイヤが違う二人だが、この設定と本編における描写の差は作為的なものなのだろう。*1

 

前述した通り美雪は限りなく人間に近い存在であり、ゲームを起動した際に生じる変数によって3の30乗、約200兆分の1の確率で生まれた曽根美雪が『ととの。』のプレイヤーそれぞれに存在する。
イチゴとチョコバーが好きな美雪は天文学的な数字を超越しなければ私の中にしか存在しないし、唯一無二の女の子だ。
対するアオイはどうだろう?エロゲーイデアであるアオイは言ってしまえば概念だ。劇中であるシーンを迎えるまでは自由意志のようなものは持ち合わせておらず、自由意志を獲得してからもその言葉の全ては『ととの。』という作品の中にあらかじめ組み込まれたものであり、その内容は全てのプレイヤーに共通する。

 

これだけ書いてしまうと美雪は唯一無二だから素晴らしい、という内容に読み違われてしまうかもしれないがそうではない。私が言いたいのは、人間の形をした限りなく人間に近い存在と、人間の形をした概念、どちらに肩入れしてしまうかどうか?という事である。
その二択でアオイを選ぶことは私にはできなかった。アオイを選ぶことは美雪を切り捨てることと同義であり、美雪を切り捨てることは生きたいと願う人間を切り捨てるのと同義だからだ。
また、アオイは最後の選択のシーンで、「記憶や記録が虚構だったとしてもその時の感情までもが虚構になるわけではなく、揺るがないものである」といった旨のことを『私』に伝えてくれた。
私はアオイを切り捨てることを選んだが、彼女と過ごした日々が消えるわけではなく、その時の想いは事実であり、それでも彼女を選ばなかったことを罪として背負いながら生きていくことになるのだろう。

 

上記の理由から私は向日アオイではなく曽根美雪を選んだ。
正直なところ、8割くらいのプレイヤーは私と同じで美雪を選ぶのだろうと思っていたのだけれど、ゲーム終了後に表示されるライナーノーツやいろいろな感想を読む限り、あくまで体感ベースだが5割、ないしは半数以上のプレイヤーがアオイを選んでいるであろうことを知った。


その理由の中でいくつか見かけたものとして
「ここで美雪を選んでしまうと、今までプレイしてきたエロゲのヒロイン達に顔向けができない」
といった意見や
「全てのヒロインのイデアであるアオイを救済することはすなわち美雪を救済することである」
というのがあった。


前者の意見に対して私が言えることはひとつで、そもそも今までの人生で主人公に自己を投影するエロゲやビジュアルノベルの類をほとんどプレイしていないというのが大きい。私が好きなのは『ととの。』という作品であり、ビジュアルノベルという媒体では無いからだ。
今まで触れてきた文脈によってプレイヤーそれぞれに答えが生まれるというのは『ととの。』というゲームがただのビジュアルノベルではなく体験型のコンテンツであることを証明していて、とても嬉しい。

 

後者の意見に関しては言いたいことがよく分かる。私も実際に最後の選択のシーンでその事について20分近く考えたからだ。
その結果自分の中では、「どちらも救済するというエゴに満ちた考えでアオイを選ぶことは、たとえその選択によって二人が救われたとしても、愛を持って『私』と向き合ってくれた彼女達を結果的に愚弄してしまうのではないか?」という結論になった。
これに関してはいろいろな考えがあると思うので、その選択を取ったプレイヤーを否定しているわけではない。プレイヤーの数だけ『ととの。』というゲームが存在し、プレイヤーの数だけ解釈が存在するからだ。
私は美雪を選んだが、アオイの幸せを願い、アオイを信じたプレイヤーがいてくれる、という事実が世界に存在することに対して、独善的ではあるけれどなんとなく救われたような気になる。

 

閑話休題

 

さて、知っての通りこのゲームはエロゲーなのだけれど、正直に言ってしまうと私はプレイ中に一度もそういった気持ちにならなかった。
メタルートの美雪の濡れ場の構図がアオイのものをトレースしたものであることに気付いた瞬間に悪趣味さに悪心が走ったし、作中一番最後に見ることになる美雪とのスキップ不可能な濡れ場は、なぜかは分からないが吐き気が止まらず実際に嘔吐してしまった。美雪の望みを叶えられなかったことが少し悔やまれる。
でもやはり美雪は可愛い。100回だけでなく1万回好きと伝えなかったこともこれから先一生後悔していくことだろう。

 

『ととの。』に対して色々思うところはあるし、手放しで全てを絶賛できるゲームではないけれど、素晴らしいゲームであったと思うし、曽根美雪と向日アオイという女の子達に出会うことができて本当に良かった。

*1:オフィシャルワークスに明示されていた。